「アリータ バトル・エンジェル」

2月24日109シネマズ佐賀にて「アリータ:バトル・エンジェル」を観ました。
原題もAlita :Battle Angel

木城ゆきとのコミック「銃夢(ガンム)」を実写映画化したものです。
監督、ロバート・ロドリゲス、制作、脚本にジェームズ・キャメロン。
出演、ローサ・サラザール、クリストファ・ヴァルツ、ジェニファー・コネリー。

この映画は4DXでも公開していて、勿論そのスクリーンを選んでいます。
IMAXでも観たいのですが九州だとその施設がある劇場が少なく遠いので・・・。


 ジェームズ・キャメロンが「銃夢」を映画化したがっているというニュースは結構昔からありました。日本の漫画アニメに興味を持っていて、ということも。

 タイトルの「アリータ」というのは主人公の名前なのですが原作ではガリィと違っています。それはそのガリィという名前が英語圏では人の名前らしくないという事かららしいです。

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 ストーリーは続編を感じさせるラストシーンなのですが仮にそれが無くても結末は一区切りしていて良かったと思います。(この辺は興行収入次第ということなのでしょう)
舞台となる世界観も天上界に暮らす特権階級の人間と、まるでゴミためのような街に住む下層階級という格差社会の未来構図はSFでは定番のものです。
 続編ありきの序章という位置づけな為か、ストーリーはそう複雑なものではありません。寧ろ定番といった感じを受けました。それは今後の展開の壮大さ、複雑さへの為なのかもしれませんが_。


 記憶をなくした少女が心優しき人に拾われて仮の名ながらも成長していく、そして少しずつ記憶を取り戻していくというという展開は映画としてはありがちなのでしょう。(”自分探し”のテーマ)

 注目する点は、人間とアンドロイドとの情愛をふんだんに表現しているところですす。(この人間と別のものとの間に生まれる情愛は”アバター”にも見て取れます)

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ゴミ廃棄所からサイバネティクス医師のイドは頭部と体の一部だけのアンドロイドを
見つけだします。奇跡的に頭脳が傷つけられておらず眠った状態のそれにイドは失った愛娘に与える予定だった機械の体を取り付け、そのアンドロイドに”アリータ”と名付けます。
 ”アリータ”という名前に敏感に反応したのは、イドと別れた元妻のチレンです。
彼女は人間のアリータの母親でもあり、失ってしまった娘に執着しているとイドを問いただすのですが彼女も又同じ気持ちを持っています。

”アリータ”という名前、自由に駆け回る”アンドロイドのアリータ”の姿にイドは「遠くまで出歩くな」「陽が落ちたら外へ出るな」とまるで幼子を心配する親のような態度で接しますが、後半傷つき瀕死となったアリータに”バーサーカースーツ”をセットし成長した姿となった彼女への言葉は変わっていきます。
 (このような死、またはそれに近い体験から復活することでより強く成長するというシークエンスはヒーロー・ヒロインものでの定番かもしれません。)

 そしてそれはキャメロン監督の今までの作品にみられる”強い女性”像そのものです。最初に目を覚ました彼女はベッドからずり落ちまるで生まれたばかりの子馬のようによろよろしていますが、すぐに立ち上がります。そして親の言うことを聞かない子供として、そして異性に思いを寄せる女性として成長します。後半その恋は破れてしまうのですが、懐に”それ”を隠したその姿は、まるで赤ん坊を守ろうとする母親のそれにも思えました。

 生まれ変わった(成長した)アリータはまるで生き生きとし、そのすごさを存分に見せるシーンはこの映画の山場となるモーターボールの格闘です。
ストーリー序盤での戦闘で過去の記憶の断片を思い出し、遠い過去自分は戦士であったことおぼろげながら自覚していくのですが、モーターボールでの格闘しかり、ハンターとの格闘しかり、アリータは全く恐れを感じず寧ろ生き生きとしています。
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 そしてその一方でアリータは人間の男性に恋するのですが、その男の死によって彼女は悲しみと同時にこの理不尽な世界に挑戦することを誓います。

 ラスト、自らの涙を剣で払い、遠く空に浮かぶ都市”ザレム”へ目を向けるその姿は「ターミネーター」のサラ・コナーの姿(嵐を予感するラストカット)を思い出しました。
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 すごく面白いです。
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