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zoom RSS 「赤ひげ」

<<   作成日時 : 2018/10/10 21:53   >>

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 モノクロ時代の映画で今でも時々DVDで観る作品がいくつかあります。カラー作品でも廃盤になってしまう状況でモノクロ時代のものが未だにレンタル店に並んでいたりするのはやはり、その作品のもつ力強さなのだと思います。
 ことに当時の映画は音声が聞き取りにくかったりモノクロであるためにはっきり見えなかったりと、今時のドラマを見慣れている方には不利になる要素が多々ありますが。

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 黒澤明の「赤ひげ」という作品を私は好きでDVDを所有しています。そして時々観ます。DVD のチャプター機能をつかって特定のエピソードだけだけを再生したりもします。

 原作の山本周五郎「赤ひげ診療譚」はだいぶ前に読んだことがあります。内容は同じなのですが、エピソードによっては少し異なった結末や、映画としての順番を整えてあるというのが最初の印象でした 
(原作を練りに練ってT作られているという感じが伝わってきます)

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 最初にこの作品を観たときは、舞台となる小石川養生所で起こる貧しくつらい市井の人々のエピソード一つ一つの衝撃にうたれました。特に最初の方で、保本(加山雄三)が死にゆく老人を看取るシーンは衝撃的でした。病床から動くこともろくに口をきくことも出来ずただ死に向かうだけのその蒔絵師の老人は終始咳とも呼吸と区別出来ない苦痛に満ちた不気味な息を吐き、それは老人の死相と相まって、保本同様思わず目をそらしたくなります。保本は事前に”赤ひげ(三船敏郎)”から死の瞬間は荘厳なもと聞かされるのですが、とてもそう思えない死です。
 そして老人の死後にその娘が養生所を訪れ、父母と自らの半生を語り始めるのですが、”赤ひげ”はじっとその話に耳を傾け、”老人は安らかに死についた”と娘に答えます。
 その答えに保本のぎょっと驚くような顔。その後保本は同僚にこのことを話します。「死が荘厳なものととても思えない」と。
 それに対して同僚は「先生は病だけでなく患者の心や人生を見通している」と_。


 映画のタイトルは”赤ひげ”なのですが、主人公はこの保本を通してストーリーは進みます。

 時は鎖国中の江戸時代。医学といえばもっぱら漢方であり、長崎で約3年間蘭学(ヨーロッパの進んだ医学)を学んできた若き医師保本は、幕府の御目見得医として出世するものと自信満々でした。
(しがない町医者でなく権威を持った偉いお医者さんに)

また彼には親通しが決めた許嫁もいて、将来に対して何ら不安を抱いていませんでしたが、帰国後幕府から命じられたことは、小石川養生所という貧しい者達のための施設への出向でした。それに加えて許嫁であった女性は他の男と子供を身ごもっていたという衝撃的な事実に直面します。

 保本はすっかりふてくされます。きっと許嫁の親の差し金に違いない、厄介払いに自分をこんな所に追いやったのだと、養生所にいてもぶらぶらするばかりで患者の方を見ようともしません。
 そして”赤ひげ”は保本に対して、蘭学で学んだ知識、図録の提出以外何も言いません。保本は学んだ知識は私だけのものだと当初はそれを断固拒否します。そしてつい、「医術で莫大な財産を築いた者だっている」と捨て台詞を吐いてしまい、”赤ひげ”から一喝され、それでも保本は苦い表情で目をそらすだけです。

 客観的に(映画というものは必然的にそうなりますが)みれば保本の意地っ張り、自分のことしか考えてない態度に腹が立つのですが、年を重ねた自分が若い頃を思い出したとき、自分にも彼と同じような一面を持っていたことに気づかされます。(まぁ、劇中の台詞のような莫大な財産云々とは程遠いですが)

 こういう感情は、きっと誰しも持つものと思います。特に周囲の人よりも苦労を重ねたと自負する方ならこの保本のような感情を持っても不思議ではないと思います。
 自分が一生懸命努力して得たもの、周囲が平々凡々しているのを横目に人よりも努力して得たもの、それをどうして他人に渡すことが出来ようか_?


 保本の意地っ張りとプライドはあっけなく崩れます。
ある晩特別あつらえの座敷牢に入れている大店の娘(彼女には過去の暗い体験から何人かの男を殺してしまい、狂女として”赤ひげ”の元に預けられていました)が、牢を抜け出してしまう騒ぎになります。養生所中の者が慌てふためく中、悠然と酒を飲む保本の前に現れる美しい女性。ですが一見してそこには危険をはらんだ怪しい雰囲気が漂います。 
 保本は気づきます、その女性が座敷牢から抜け出した女だと。
保本は彼女の病を自分なら治せると自負していましたが、気がつくと両手を縛られ身動きがとれない状況、そして女の手には簪の鋭い切っ先が自分に向けられている事に。

 危ういところを”赤ひげ”に助けられます。
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 首元に包帯し横たわる保本を看病する”赤ひげ”のシーンはちょっと微笑ましくて私は好きです。
 ”赤ひげ”は、「男というものは美しい女に弱いものだから仕方ない、恥じることはないが、懲りるだけ懲りろ」と。そして袂から手ぬぐいを取り出し保本の汗をぬぐおうとするのですが直前になって、ふと決まりが悪いと感じたのか手を引っ込めて鼻をかみます。
 その間保本はそれをじっと背中で聞いています。

 登場時からものすごい怖い顔と声の”赤ひげ”の本性がちょっと見えるシーンです。

 その後いくつかの失敗をする保本ですが、だんだんと医師として目覚めていきます。



 ”赤ひげ”のキャラクターも当然のことですが強烈です。
冒頭、保本との初対面で、いきなり「赤ひげだ」と名乗ります。
本名は新出去定というが、言いにくいのでそう呼ばれていると。

序盤で保本と入れ替わりに養生所を去る医師が“赤ひげ”をさして独裁者と揶揄します。確かに強引で有無を言わせない迫力がありますが、決して力尽くでどうかしょうとはしません。言葉でぴしゃりと言い放ちます。そのことがかえって序盤の保本の独りよがりさが目立つのですが、同時に保本のジレンマも垣間見えます。彼は決して医療を自分の出世の道具とは考えていません。

 ”赤ひげ”に付き添い、大名や大店(両替商)の元にも出向いて診察をしますが、”赤ひげ”はその薬代としてとんでもない金額を平然と要求します。
 大名の家老は「え?」という風な顔をし、そのことに嫌みをいう両替商(志村喬)に「それくらいのことで気分を害するようじゃ太鼓医者はつとまらん」と平然と返します。
 幕府から支給される費用も年々削減されていく中、”赤ひげ”はこういう行動で養生所を何とか存続させていきます。

 「無知と貧困」。
この世からそれがなくなれば病の大半はおこらないと”赤ひげ”は保本に語ります。そしてそれは病気だけではありません。昔も今も、そしてこれからの社会にいきる人々全ての生活に関わる問題をこういう風に取り上げています。



 物語中盤(DVDではちょうど「休憩」となるあたり)の保本とおよとのエピソードが私は好きです。このエピソードのみを選択して観ることもあります。
 このエピソードだけでも静と動のコントラストがすばらしいです。

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 ”赤ひげ”と保本は岡場所(遊郭)を訪れます。吉原みたいな派手なところでなくどことなく寂れた感のある所です。そこでおとよという身寄りのない、年は10を過ぎたあたりの少女を養生所へ連れて帰るのですが、まぁそのときの女主人(杉村春子)と”赤ひげ”のやりとりがすさまじいというかおもしろいです(後半もっとおもしろいやりとりがありますが)。そしてああいう場所ですから当然いる用心棒達との立ち回りは、観ているこっちもそのやられた痛みが伝わるようです。
 用心棒達をボコボコにのしてしまった後に、一人一人の状態を見て”赤ひげ”は、「うむ、あまりにひどい。やり過ぎだ、医師たる者がこういうことをしてはならない!」と言うのですが、観てるこっちは、あんたがやったんや、と思わす吹き出し突っ込みたくなります。
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 養生所で”赤ひげ”は保本におとよを任せます。当初のおとよの描写はものすごく不気味です。モノクロ映画だからというのもありますが、少女の一点を見つめる眼に照明が当てられて
その表情もよくみえません。そしてその瞬きをしない眼は人間というより周囲への敵意のみ抱く動物のような印象を受けます。
 保本はこのおよとにつきっきりとなるのですが、なかなかうまくいかずうなだれるばかり。 彼女は高熱で体が弱っているばかりではなく、心も病んでいるのです。
 
 やがておとよも少しずつ回復していきます。いままで他人を全く信じなくなっていた彼女の氷の様な心は保本のひたむきな姿にゆっくり溶けはじめます。

 一方で保本は”赤ひげ”に告白します。自らの非力さを。
 この養生所へ来たとき以来の自分の傲慢な言動を情けないと恥じ入るばかりになりますが、その直後倒れてしまいます。
 そして倒れた保本を今度はおとよが熱心に看病します。おとよの口を通じて保本は”赤ひげ”の意向を知ります。おとよが保本を看病することが同時におとよの心の病も治していくのだと_。
 このあたりのおとよの描写は気立ての良い健気な少女で、当初の姿とは全く異なり、同一人物なのかと疑問に思うくらいです。

 やがておとよは、近所にすむ“子ネズミ”長坊との出会いを通して優しさ、愛情を自ら学んでいきますが、途中彼女の中に芽生えた情愛が空回りしそうになるのを”赤ひげ”は見逃しません。
 「先生は病だけで無く心まで見通している」という尊敬を受ける証のようなカットです。

 
 その後岡場所の女主人が養生所に、おとよを引き取りにやってくるのですが、前の岡場所での騒動同様に、ここでも一騒動が起こります。このとき”赤ひげ”の相変わらずの毒舌に思わず失笑してしまいます。「ええい、そんな奴に触るな」「おまえの内蔵は腐っている、におってみろ。なに?それがわからないのなら、おまえは鼻まで腐っている」 
 ヒステリックになる女主人に今度は養生所の賄い達がやってきて、おとよを取られまいと加勢し、這う這うの体で女主人は退散します。




  

  このシーンがなぜか好きです。
おとよが長坊の身の上を聞いているそばで隠れて保本と賄い婦が様子を伺っています。ひとつの画面で両者を俯瞰しているカットが映画というより一枚の絵を見ているようで_。


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 そしてこのカットもものすごく美しいと思います。
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 うまくまとめてあるな、と思うのはこの作品は短いエピソードが順に進んでいくのですがその"ゲスト”だけをみていくと最初は死の淵にある蒔絵師の老人,その次に中年の大工職人、狂女、おとよ、長坊、とそしてラストには元許嫁ちぐさに赤ちゃんができて、やっとちぐさの父親に抱かせることができるという、風にだんだんと年齢がさがる設定になっています。かつラストは保本の祝言と赤ちゃんというこれまでの暗い話であったのと対照的です。

 そして保本は決意を口にします。そのことに”赤ひげ”は苦虫を噛み潰したような表情で「きっと後悔するぞ、おまえはわしを買いかぶっている」「必ず後悔する」と拒絶の言葉を吐くのですが保本は「それでは試してみましょう」と”赤ひげ”同様に頑固。
 このシーンも結構好きです。


 そして二人は養生所の門をくぐりますが、よく映画評で語られるようにまるで二人ががっしりと手をつないでいるかのような印象的なその門で幕を閉じます。



  すばらしい作品です。





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赤ひげ(1965)
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2018/10/27 09:57

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