「ウエスト・ワールド」

 「もしかしたら,この現実世界も、自分も、そうなのでは?」 
 このドラマを観ているとふとそう感じてしまうことがあります。これまでので経験、記憶、周囲の人間も、もしかしたら植え付けられた模造記憶なのかも、と。

 アメリカのテレビドラマ「ウエスト・ワールド」を観た最初に感じたことです。ただのテレビドラマとわかっていてもふとそう感じてしまう、観る者の不安をゆっくりとそして意識の深いところから静かに揺さぶります。
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 レンタルでは未だシーズン1までしか出ていないのですが、その世界観、クオリティの高さに圧倒されます。

 ストーリーの序盤はオリジナル版のものと同じで、アミューズメント施設として作られた西部劇の世界をゲスト(人間)がその時代の人物として楽しむというものです。
その世界にはホストとよばれる人間そっくりのロボットがプログラムに従い行動し娯楽施設としての役割を果たしています。
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 原作者であるマイクル・クライトンは映画「ジュラシック・パーク」の原作者でもあり、この「ウエスト・ワールド」もゲストを楽しませるアミューズメントパークのトラブルがパニックを引き起こすという点では同じものといえます。
 ですがこのテレビシリーズ版の「ウエスト・ワールド」にはもう一つのものを感じることが出来ます。

 「世界を創った者」、「真実に目覚めた者達の戸惑い、苦悩」、「自分たちを創造した者達への問いかけ、抗議、反抗、反乱」
 それらはまるで現実世界の私達人間の神への問いかけ・疑問と似ています。
 そしてそのことが、他の娯楽要素の高いテレビドラマとの一定の線引きがみえ、ちょっと取っつきにくいかもしれません。

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 ドラマのオープニングが印象的で、作り物の人、走る馬などが機械仕掛けで動いているのですが、特に自動ピアノのシーンが印象的です。
 劇中にもこのピアノのカットは何度となく出てくるのですが、勿論ウエスト・ワールドの街ではホストがピアノを弾いているように見えるのです。
 しかしそれは自動ピアノであり誰かが鍵盤をたたいているのでは無くピアノに設定されたにプログラムによって演奏してるに過ぎないのです。 この世界の外部にいる創造者達によって仕掛けられた世界、ウエスト・ワールドを端的に表現しているシーンです。




 
 「ウエスト・ワールド」という巨大な娯楽施設はデロスという企業が管理運営しています。西部劇の舞台となる広大な敷地にはあちらこちらに西部開拓時代の街が点在し、そこではいろんなタイプのホスト(人間型のロボット)が生活しています。
 しかしそれは生活というよりも、膨大なプログラム(シナリオ)に従って行動しているに過ぎません。
 
 その街にゲスト(人間)がその時代合わせた格好でやってきます。
街を歩けばそのゲストに様々なホストが言葉を投げかけます。そしてあらゆるゲストの行動に対処するようプログラムされ、結果的にはゲストに満足してもらえる様になっています。

 例えば、酒場に入る、柄の悪そうな男(ホスト)が因縁付けてくる、喧嘩になる、屋外で銃による決闘になる、結末は必ずホストが倒れるというパターンに。そしてそれを見ていた女(ホスト)がゲストに言い寄ってきて、その夜は・・・・なんていう展開_。
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 その世界(ウエスト・ワールド)では訪れたゲストのあらゆる欲望を満足させるためにホスト達は使役されます。
何度も繰り返し銃で撃ち抜かれ、何度も慰みものにされ、その度にホスト達は開発者達の手で修理を受けます。記憶も消去され、時にはプログラムを書き換えられ、その過程で今まで家族、友人であったものが別のロボットと入れ替えさせられていたりするのですが、記憶を消去させられているために、そのことにホストが気づくことはありません。
 悲しい事にホストは自らは人間であり、西部の街で暮らしていると思っているのです。
 真実はゲストのために作られたシナリオ(プログラム)を繰り返しているに過ぎないのに・・・。
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 しかしあるホストが疑問を持ち始めます。それは街から少し離れた場所に両親と暮らす女性だったり、娼婦の一人だったり。
彼女等は何故か消去される前の記憶が断片的にフラッシュバックのように意識に現れることに疑問を持ち始めます。
 当初は”夢”と断じていたのですが、あるゲストとの出会いによってそれは変わっていくのです。 “夢”ではない事に。
 そして自分たちの本当の姿、何の目的で創られたのか、その真実を恐れつつ否定しつつも受け入れなければならない事も_。
  
 そして行動を起こします。
ある者は”ウエスト・ワールド”の外の世界を知るために。
またある者は、愛する者(ゲスト)を探す旅のその先に知った真実に絶望し、その世界(ウエスト・ワールド)を変えるために_。
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 シーズン1のラストはオリジナル同様にホスト達の反乱が勃発する事で終わります。
 ウエスト・ワールドの創設者の死をクライマックスに。
 それは”神の死”を意味するかのように。


 すごく面白いです。
 

 


 
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