「エクス・マキナ」_AIのゆくえ

7月16日 ユナイテッド・シネマ トリアス久山にて「エクス・マキナ」を観る。
 Ex Machina = 機械仕掛けの意。

 制作:イギリス、監督:アレックス・ガーランド、主演:ドーナル・グリーソン、アリシア・ヴィキャンデル。
画像

 
 「いつかAIは人類を見下すようになる」
劇中にこんな台詞がある。この言葉を聞いた瞬間映画「her/世界でたった一人の彼女」(2014年日本公開)を思い出した。
 近未来のロサンゼルスに住む男が主人公で妻と離婚間近というときにひょんな事からAI型OSサービスを受ける。小型のコンピュータ端末の"彼女”に話しかけ応える毎日に主人公はやがて彼女に特別な思いを抱き始めるというものなのだけれど、その恋の終わりは突然にやってくる。
 主人公にとっては唯一の彼女であったが、コンピュータの彼女にとっては外部とやりとりする無数のインターフェイスの一つに過ぎない。
"彼女”は新たな知識を求めて主人公の元を旅立っていく_。

画像


 映画"エクス・マキナ”のなかでチューリングテストという言葉が出てくる。
イギリスの科学者アラン・チューリングが考案した人工知能のレベルを計るテストの事でどんな方法かというと マシン相手に判定者(人間)に、それとわからないようにコミュニケーションをとらせて、相手が人間かマシンかを判定者が決めるというもので映画「ブレード・ランナー」のVKテストみたいなものかな?
 このチューリングテストがこの映画エクス・マキナの軸になる。
画像


 ストーリーは。
業界トップのIT企業に勤めるケイレブが抽選で当選する。それは社長の自宅に招かれるというものでケイレブは飛び上がらんばかりに喜ぶのだが、実はそこは社長個人で取り組んでいる人工知能の開発施設といってよかった。ケイレブはそこで女性型アンドロイド・エヴァのチューリングテストの試験者として選ばれたのだった。
 人間そっくりにつくられたエヴァだが身体の一部が人工皮膚で覆われてなく、人間であるという錯覚することは避けられているのだが、度々のエヴァとのやりとりでケイレブは少しずつ自分の存在への不安を抱かずにはいられなくなる。
 それは過去、数体作成され放置されたアンドロイドの試作品、動画を発見するに及び決定的になる。
 「もしかしたら_」と。


画像

画像




 AIは人間を超えるか?現実にチューリングテストで”人間ではないか”と合格したケースもあるらしい。
 人間の知性、知能とはなんなのか?人間は取り入れた知識、知能を時には無意識にミスし、悪い結果、堂々巡りに遭遇したりする一方、それが進化・進歩の始まりになることもある。
人間はマシンのように情報のインプットとアウトプットだけではないユニークな気質をもっている。それは、いい加減、不安定なものでもあるけれど。

 マシンは一度インプットした情報は消されない限り保持し続けるし必要な時に正確にアウトプットするものなのだけれど、人間は時間のなかでそのデータを変容させたり欠落さたり、全く別のものと結びつけたりすることがあり、時としてそれが”昇華”という現象をもたらす。

 AIにそれが可能か?
 人間が持つこのユニークさが進化の一要因であり、人を人たらしめているのならAIはどうだろう?



  でも矢張り、と思う。その”ユニークさ”さえもいつかAIはプログラムとして取得してしまうのではないかと。
 映画”her" 同様”エクス・マキナ”のエヴァもまた主人公から旅立つラストは、遠い未来、人間とAIの有り様がどうなっていくのかを想像するに興味深い。


 人がその造物主によりエデンという楽園から追放されたとは対照的に、エヴァはその神ともいえる制作者の元を自ら旅立っていく_。




 面白いです




アクセスカウンター
アクセスカウンター
アクセスカウンター

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック